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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4127号 判決

原告 日興工業株式会社

被告 柴垣一志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「被告は原告に対し日興工業株式会社株式九一、四〇〇株(丸山儀一名義四七、一〇〇株、岡部庄次名義四四、三〇〇株)の引渡をなせ。」

との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

(一)  原告会社は、旧商号を日立航空機株式会社と称し、航空機体及び発動機の製造販売等を目的とする資本金三千万円、一株の金額五〇円、払込済株式六〇万株の株式会社であつたが、昭和二一年八月一五日会社経理応急措置法(昭和二一年法律第七号)による特別経理会社となり、さらに企業再建整備法(昭和二一年法律第四〇号)に基く決定整備計画に従い昭和二四年八月三一日解散し、被告が訴外梅原剛陽とともにその特別管理人兼清算人(被告は代表清算人)に就任した。

(二)  昭和二四年一一月ごろより原告会社の一部の株主が会社に対し不当不正の処置ありとして株主総会の内外を通じ抗争を始めたので、原告会社は、これに対抗し清算事務を円滑に遂行するため、昭和二五年四月ごろより七月ごろまでの間、金九〇四、二〇〇円を支出して一般株主より原告会社の株式一一六、二〇〇株を買入れ、代表清算人たる被告において右株券を保管していた。

(三)  ところが、被告は、昭和二六年三月二三日東京地方裁判所昭和二六年(ヒ)一一号事件により職務執行停止の仮処分決定を受け、翌二四日特別管理人兼代表清算人を辞任したものであるが、すでにこの事あるを察知した被告は、同月二〇日ごろ恣に前記株式のうち四七、一〇〇株を訴外丸山儀一名義に、四四、三〇〇株を岡部庄次名義にそれぞれ書き換え、右株券合計九一、四〇〇株(以下本件株券という。)を自宅に持ち帰り、現在なおこれを占有している。しかし前記のとおり、本件株券の株主は原告であるから、原告は被告に対しその引渡を求める。

(四)  仮に右主張が理由なく、被告が右九一、四〇〇株の株式を取得したとしても、被告は、昭和二六年三月二〇日ごろ、本件株式のうち四七、一〇〇株を訴外丸山儀一に、四四、三〇〇株を訴外岡部庄次に譲渡してそれぞれ名義書換の上株券を交付し、原告は昭和二七年二月九日本件株式を含む丸山名義の五二、六〇〇株、岡部名義の四四、五〇〇株をそれぞれ同人等より無償で譲り受ける旨の契約を締結し、譲渡証書の交付を受けた。

株式会社が自己の株式を無償で取得することは商法第二一〇条の禁止に触れないと解すべきであるから、丸山及び岡部等は原告に対し右契約に基き本件株券をそれぞれ引き渡すべき義務を有するのであるが、被告がその後訴外大崎小二郎をして丸山、岡部等が保管中の本件株券を無断で搬出せしめ自ら占有するに至つたため、その履行ができない状態にある。よつて原告は、丸山、岡部両名に対する本件株券の引渡請求権を保全するため、民法第四二三条により両名が被告に対して有する同株券の返還請求権を代位して行使する。

三、請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項と同旨の判決を求める。

四、請求の原因に対する答弁

(一)  原告主張の事実(一)は認める。

同(二)のうち、原告会社がその主張の同会社の株式を買い入れたこと、及び右株式の株券を被告が代表清算人として保管していたことは否認し、その余は認める。同(三)のうち、被告が職務執行停止の仮処分決定を受けてその翌日辞任したこと、及び原告主張の日本件株式がそれぞれ丸山、岡部名義に書き換えられたこと、及び本件株券を被告が所持していることを認め、その余は否認する。

被告は、原告会社の代表清算人在任中、昭和二五年四月ごろから七月ごろの間に、本件株券を含む一一六、二〇〇株の株式を一般株主より買い集め、代金九〇四、二〇〇円は、被告の退職金を引当とし、原告会社の総務課長であつた大崎小二郎名義で会社より仮払金として借り受けてこれを支払い、昭和二六年三月二四日原告会社の代表清算人を辞任した際、会社に対し右借受金を返済したものである。従つて原告が本件株式の株主であることを前提とする原告の主張は理由がない。

仮に原告主張の如く、被告が原告に対し本件株券を返還する義務があつたとしても、昭和二六年一二月二九日原告被告間に示談が成立し、その結果、原告は右株券返還請求権を放棄したのであるから、原告の本件請求は失当である。

(二)  原告主張の事実(四)のうち、丸山、岡部両名が本件株式につき譲渡証書を原告に交付し、これを原告に譲渡すべき旨の契約を締結したことは認めるが、その余は争う。

商法第二一〇条は、有償無償を問わず、同条各号の場合を除き会社の自己株式取得を禁止したものと解すべきであるのみならず、原告に対する右株式の譲渡契約は有償であるから無効である。

仮にそうでないとしても、被告は、丸山、岡部両名に本件株式を譲渡したものではなく、対立関係にある一部株主に対する配慮から、第三者である両名を単に名義人としたに過ぎないから、両名が本件株式につき株主権を有することを前提とする原告の主張は理由がない。

五、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因(一)の事実は、当事者間に争がない。

原告は反会社派である一部株主の勢力に対抗するため、原告会社において、本件株式を含む一一六、二〇〇株の株式を代金九〇四、二〇〇円で譲り受けたから、本件株式の株主は原告であると主張するが、会社が自己の株式を取得することが許されないことは、商法第二一〇条に明規するところであり、右主張の事実関係によれば、本件は、自己株取得禁止の例外として同条各号に掲げられた何れの場合にも該当しないから、原告の右主張はそれ自体理由がない。従つて、原告が本件株式の株主であることを前提とする原告の請求は失当である。

二、次に、予備的請求につき判断する。

原告がその主張のころ丸山儀一、岡部庄次より本件株式を譲り受けるべき旨の契約を締結し、その譲渡証書の交付を受けたことは当事者間に争がない。

原告は会社が自己株式を取得する場合でも、これが無償でなされるときは商法第二一〇条の禁止規定に当らないと主張する。思うに会社が自己株式を取得するときは会社資本が特定の債権者に返還されることとなつて資本充実の原則を維持し得なくなり、従つて、会社債権者の唯一の担保たる会社財産の減少を来して債権者の危険の増大を結果するのみならず、会社理事者により不当な投機的操作の具に悪用されるおそれのあるところから、同法条が設けられたものと解すべきである。ところが、会社が自己株式を無償で取得するような場合には右に述べた危険は全くなく、従つて、会社債権者及び他の株主の利益を害するおそれも考えられないから、違法ではないといわなければならない。

ところで、証人岡部庄次の証言及右証言により真正の成立を認める甲第四号証の四によれば、原告は岡部庄次及び丸山儀一から本件株式を譲り受けるべき契約を締結したとき、同人等に対し事件処理金として金一三〇万円を支払つたことが認められる。証人天野弘毅は、右金員は岡部及び丸山が原告会社における清算事務運営上の支障を除去するにつき協力したことに酬いる意味で授受されたものであると証言しているけれども、その協力は株式譲渡の方法によりなされたものであるから、原告のこの出捐は事件処理金に名を藉りたものに過ぎず、実質的には株式の譲渡を受けたことに対する代償に外ならないと解しなければならない。他に右契約による原告の本件株式取得が無償であることを認めるに足りる証拠はない。従つて、原告が無償で自己の株式を岡部及び丸山より取得し、右両名に対し本件株券の引渡請求権を有することを前提とする原告の予備的請求もまた爾余の点を判断するまでもなく失当である。

三、よつて原告の本訴請求はすべて理由がないから棄却すべきものとし、民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 滝川叡一 宍戸清七)

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